ある意味東方を嗜む上で一番重要な心得(かも)
(私としては)元々東方自体が同人であり「ぼくのかんがえた幻想郷」なので、幻想郷≒神主という図式が頭の中にあるってのが大きい気がします。
だから、神主的に一貫してさえしていたら「そーなのかー」で全部済ませられる。むしろ、下手にファンの声を聞いて世界観を捻じ曲げられる方がよっぽど嫌です。
儚月抄小説版に、紫が月の自転と地球の公転周期が同期する力学的な理由を「現実的でつまらない」と一蹴し、幻想郷がそれを受け入れるためには、その裏にあるべきもっと幻想的な理由を考えなければならないと述べるシーンがあります。
私としては、作家間の連携だとか編集の不手際だとか神主の能力だとか、そんなくだらない理由をあれこれ考えるよりは、もっと素敵で幻想的な理由を考えたいなと思った次第です。
まあ、普通のファンにそこまで求めるのは酷な話ではありますが。*1
と、かように東方Projectの公式作品というのは、どうみても万人向けの作品ではありません。これまで神主が何度も何度も言ってきた事です。
では何故東方がここまで広がったのか。それはひとえに、そこに共感、あるいは反発した方々が生み出された数々の二次創作が、尖った公式の展開との架け橋になったからに他なりません。尖っているほど活着しやすいんですよね。表面積が大きいから(ぉぃ *2
だから、東方が二次創作と共に大きくなったというのはまさにその通りでしょう。ゆえにこそ、「えーりんえーりん」とはしゃいでる人が東方ファンを名乗っても何ら問題はないし、実は東方って(ryだとしてもどうでも良い。少なくとも私の理性はそう思っている*3
たいてい新作が出るたびに大小の賛否はでますが、やがてそれが落ち着いて『元からそうだった』かのように居着くのが東方界隈です。受け入れる人は積極的に取り込みますし、そうでない人はなかった事にするか、或いは自分の都合の良いように解釈する。幽々子様のいうワビ・サビの世界ですね*4
ところが、儚月抄はワビる間もサビる間もなく断続的に新展開が投入され、しかもそれが既存の見解との齟齬、設定や展開にブレが多かったために、消化不良や、アナフィラキシーを起こす人が続出した。
儚月抄は、少なくとも完結してから1年は風化させる必要がある。
風化? いやいや、醸造ですな。きっと良い酒になってくれるでしょう。それを楽しみに待つというのも乙なものです。ちょうど永琳が、300年の時を凍らせることで浦嶋子の問題を解決したようにね*5