虱(しらみ)について

近頃またぞろ虱が流行し始めてゐるやうで。
ただいまシラミ大流行!子供中心に年50万人感染 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

都によると、都内の保健所などに寄せられた相談の数は、2005年度720件、06年度1125件。07年度は11月末に早くも1400件を超えた。一方、特効薬スミスリンを国内で唯一、製造販売する大日本除虫菊大阪市)によると、出荷量は05年から増え始め、06年は前年比40%増、07年も同20%増という売れ行き。専門家の話では、この1年で全国50万人が感染したと推計される。

虱と言へば、戦後あの悪名高きDDT*1で根絶とまではいかずともかなり制圧されてゐたと思ってゐたのだが、近年再流行し始めてゐるとの言ふこと。

簡単に調べてみると、虱亜目は300以上の種が報告されてをり、このうち人間に寄生する虱には、

  • アタマシラミ(頭髪に寄生)
  • コロモシラミ(衣服に寄生)
  • ケジラミ(主に陰毛に寄生)

の三種があるらしい(このうちアタマジラミとコロモジラミは「ヒトジラミ」といふ種で括られるため、正確には二種)

このやうに、同じ種に対して複数の種の虱が寄生する例は珍しいらしく、基本的には1種の宿主に対して1種のみで、人間以外ではウシや少数の齧歯類くらゐなのだといふ。

生物学的には「昆虫綱」に属してゐるところから分る通り、蜘蛛や百足よりは蜂や蟻などに近しい。元はチャタテムシといふ小さいが普通に独立して生活する虫だったものが、体毛や羽毛を食するために鳥類や哺乳類に寄生したハジラミに分かれ、さらに哺乳類に寄生した一部が血を主食とするシラミに分化した、と考へられてゐるやうだが、どうも虱の進化には色々と謎と興味深い点も多いらしく、研究の対象にもなってゐるさうだ*2

また、虱は生態上、一生人間に寄生して生活する。「ゆりかごから棺桶まで」といふやつである。饑餓耐性もないため、人間から離れると数日と持たずに死亡する。何とも皮肉な話である。

従って、寄生経路は必ず人間を媒介することになる。身体的接触機会が多い学童(アタマジラミ)、不特定多数と性交渉する人間(ケジラミ)、ずっと同じ服を着續けざるを得ない路上生活者(コロモジラミ)などで流行してゐるのはそのやうな理由からである。また、帽子や枕、タオルの共用も感染経路となる。

なほ、アタマシラミは血を吸う虫であるため、感染について感染者の衛生状態はあまり関係ないと考へるべきらしい。言ひ換へれば、清潔にしてゐても接触機会さへあれば感染するのだといふ話。子供が学校からもらってきて家族全員に感染すると言ふのもままあるさうだ。

寄生したシラミは、数百個単位で卵を産み、これを毛髪にセメント状のもので膠着させる。これが中々堅牢らしく、普通の洗髪や櫛すき程度では殆ど効果がない

卵から孵化したシラミは幼虫期から血を吸い、不完全変態を経て3週間程度で成虫となる。成虫となると再び卵を産み、約1〜1.5ヶ月ほどで天寿を全うする。

通常シラミに感染した場合(シラミ症)、吸血時に激しい痒みを感じるが、人によってはこれが感じないケースもあり、知らず知らずのうちにシラミをばらまいてゐるケースがあるらしい。

また、海外のコロモジラミなどは発疹チフスの媒体となり、かのナポレオン遠征ではこれが軍隊内で大流行し、歴史的大敗を喫する理由の一つとなったといふ。

最も効果的な治療法は、可能であれば感染源の毛髪を全て除去することである。シラミは生態上毛髪がなければ生きていけないため、バリカンやカミソリでそり落としてしまえば数十分で解決する。

それが出来ない場合、駆除用の専用のシャンプー*3が市販されてゐるため、これを使用する。これは卵も殺す効果があるが、完全には殺せず卵自体も残るため、専用の櫛*4を使ってすき落とすとより効果的なのださうだ。

但しスミスリンは長期有害性や経口有害性があるらしく、小児に使用させる場合には、保護者の指導監督のもとに使用させてください。といふ太字の注意書きがある。また、耐スミスリン性を持ったシラミも登場してをり、流行が警戒されてゐる(この場合、今のところ専用櫛で地道に取り除く以外ないらしい)

以下は参考にしたサイト

蚤の話

虱と同じく人に寄生して吸血する虫として蚤(ノミ)が知られる。
しかし、蚤は虱と異なり、

  • 幼虫→蛹(さなぎ)→成虫といふ完全変態を取る。
  • 卵は髪にくっつけるのではなく、地上に産み落とす。孵化した蚤の幼虫は部屋の隅の埃などを食べて育つ(このため耐饑餓性も持ってをり、洗髪などだけで完全に除去出来ない)
  • 1種の宿主に1種などと拘らず手広く寄生(お陰で虱よりも遙かに伝染病の媒体となり易い)
  • 身体が硬い、自身の数百倍もの高さまで飛ぶ

など、対照的な部分が多い。生物学的にもかなり遠縁で、昆虫綱の時点で既に分かれてゐる。
生れや経緯に違ひはあっても、今日人間に寄生すると言ふ意味では同じ。生物界にも色々事情あるのだと思ふ。

脱線してDDTの話。

DDT(Dichloro-diphenyl-trichloroethane)は有機塩素系の農薬・殺虫剤の一つで、1873年に初めて合成され、1939年に殺虫効果が発見された(発見者であるパウル・ヘルマン・ミュラーはこの功績でノーベル生理学・医学賞を受賞してゐる)

非常に安価に大量生産が出来る上に少量で効果があり、しかも人間や家畜に毒性が知られなかったため、蚤や虱が大流行した際、防疫対策として大量に使用された。このお陰で日本において虱はほぼ根絶状態となり、また海外では飛行機からの定期散布によってマラリアが激減した(媒体となるハマダラカが激減したため)

しかし、1962年に出版されたレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を契機に、DDTの有害性(環境ホルモン、発がん性など)が指摘され、当時米国が推し進めてゐた「化学薬品による有害生物絶滅計画」はもちろんのこと、世界的に製造・使用が禁止されていった(日本では1981年に化審法*5改正で禁止された)

しかし、その後の追試によって、発がん性、環境ホルモンの両面とも疑問符が付き、国際がん研究機関では現在下から二番目の「発がん性を分類できない」に分類されてをり、むしろマラリア再流行による被害の方が酷いといふ事態になった(最も顕著な例としてよく挙げられるスリランカでは、ほぼ元の水準に戻ってしまった*6といふ)。これを受けて、WHOではマラリア流行国に対して室内の防虫忌避薬としてのみ使用を許可、場合によっては推奨する方針に転換してゐる。

環境残留性を持つため、当然以前のような大量散布はしないにしろ、一度禁じられた物質が再評価される例はサリドマイド*7大麻などが有名で、以前雑記でも取り上げたことがある。今後もこのやうなケースが出てくるかも知れない。

偏向放送とマスコミ不信とブログ

とは言へ、この手の話をする場合、過剰報道によって強固に形成された偏見の方が問題だらう。日本人に限らず、私も含めた多くの人間は0か1のデジタル的な考へ方をする。情報の収拾や調査にかけられる時間が有限である一般人にとって、それはある意味当たり前の話だと思ふ。そのために専門家がゐるのだが、これに対しても矢張り極端な専門家過信と専門家不信が罷り通ってゐる。

ならばどうすれば良いのか。

私は、必要なのは、自分の知ってゐる情報を極力共有することだと考える。最先端の高度な知見による論文から、庶民レベルの解説まで、全て平等に共有すべきである。そして、それぞれがそれぞれ出来る範囲でそれを咀嚼して、出来る範囲でまとめてさらにそれを公開・共有する。

今までそれをになってきたのはマスコミだったが、マスコミはいきなり庶民レベルまで敷居を下げなければならないので、どうしても正確ではない情報や勘違ひが混じりやすい。その間違ひをあげつらって嘲笑するのは良いけど、それではいつまでたっても問題が解決しない。

久樹もマスコミ不信者の一人だが、大局的に見れば過信も不信も弊害は大して変らない。だから、多くの中間意見があって、疑問に思へば自分の知識レベルに応じて調べられる環境が出来ることが、一番の解決策であらう。

……さう言ふ意味では、本来ブログの勃興といふのは歓迎すべきなのであらうが。……こちらがマスコミ以上に酷いといふのだからやるせないと、いつもここで思考が止まってしまふのである。ホント、どうしたものかね。