NHKスペシャル トリアージ 〜救命の優先順位〜
録画してゐたものを観る。NHKスペシャルらしい、良作だと思った。本作に関する概要や感想については次の2つの記事を讀むとおおよそ掴める。
かういふ社会に広く訴えかける番組は、ネット上で無償公開してほしいと思ふ。NHKは特に受信料を徴収してゐるのだからなほのこと。
トリアージとは、災害現場において治療・搬送の優先順位を付ける作業をさす。優先順位を明示するため、判断された結果を残すトリアージ・タッグと呼ばれる専用の札を用ゐる。症状を書く欄も存在するが、最も重要なのはタグの下にある治療優先度の「色分け」だらう。
- 経過を見守る場合は『緑色』
- 予断を許さない場合は『黄色』
- 一刻の猶予を争う場合は『赤色』
- 既に治療不能の場合は『黒色』
の部分までを切り取って示すやうになってゐる。そして、その判断を下す時間は30秒と決められてゐる。
例へ残されたタグの色が黒のみであったとしても、それが即その負傷者の死亡宣告にはならない。しかし、治療優先度は最も低くあてられるため、手前の赤のタグをちぎり取ることは、事実上、その負傷者を見放したことになる。この判断のストレスは想像を絶するものがあるだらう。
決して公言するわけにはいかないが、トリアージの意図は負傷者を機械的に選別することにあると思はれる。極限状況下で、判断者が冷静さを保つのは不可能である。特に大規模な災害でのトリアージに採用される「START法」では、たった3項目で治療優先度を決めてゐる。
- 歩けるか?
- 歩ける →緑(状態の悪化がないか絶えず観察)
- 歩けない→次の判断へ
- 呼吸をしているか?
- 気道確保なしで十分な呼吸が出来る→黄
- 気道確保がなければ呼吸できない→赤
- 気道確保をしても、呼吸がない→黒
- 呼吸はあるが頻呼吸または徐呼吸である→次の判断へ
- ショック症状はないか?
- ショックの兆候がある→赤
- ショックの兆候無し→黄
これは想定されるうち最も酷い災害時で採用されるものであり、番組内で取り上げられた福知山線脱線事故のレベルではもう少し黒の基準は高くなってゐる。2-3Yesの時点では、まだ心肺蘇生法による蘇生可能性が残されてゐるからである*1
それでも、黒タグを付けられた側の遺族の心情は簡単ではない。「どうしようもない」と言ふ思ひと、「判断は正しかったのか?」といふ思ひが交錯する。番組では、一人の遺族が取り上げられてゐた。黒タグを付けられてゐたが、治療行為を受けてゐる写真があったといふ。「まだ生きてゐたのではないか」といふ思ひを持ち、黒タグを付けた医師を捜すシーンがあった。
全くの憶測だが、その治療は「自分を納得させるための」行為だったのではないかと思ふ。助かる見込みはないが、何もせずに搬送するのは良心が堪えられなかったのではないだらうか。結果としてそれが、遺族に疑問の念を抱かせることになってしまった*2 そうでなくても、「黒」以外に何も書かれてゐないタグを見れば、複雑な思ひを持つのは当然のことである。
だが、トリアージは機械的な作業である。機械的に作業することで、限られた医療資源のなかで治療効率を最大限に高める知恵である。そこには一般的な社会通念はおろか、人としての感情すら挟む余地はない。むしろ挟んではいけない。
今後、トリアージが社会的合意を得られるかどうかはわからない。先に挙げた記事においても、その点について憂慮する指摘がなされてゐる。「医療不信」の名の下に医者と患者の対立が深まる昨今の状況では、議論すらままならないのではないかと私も懸念する。
*1:より詳しいケーススタディとしては長岡市医師会の集団災害時における一般医の役割〜トリアージのケーススタディを参照されたい
*2:遺族の名誉のために補足するが、この遺族は訴訟等のために判断者を捜してゐるとは語られてゐない