同人誌はAmazonよりも先に国会図書館に納本する義務があるよという話

まあ、タイトルは半分釣りです。18ロケットアイスクリームのBlog : 同人作品をAmazonにおいてみました辺りに関連して、自分の周りでちょっとした同人議論になったので、少々メモ書き。

納本制度って?

国立国会図書館法第24条並びに25条で規定されている、国内で発行された全ての図書を国会図書館に収めなければならないと定めた制度です。図書を国民共有の文化的資産として保存し、広く利用に供するため、また、日本国民の知的活動の記録として後世に伝えていくことを目的としています。

前二条に規定する者以外の者は、第二十四条第一項に規定する出版物を発行したときは、前二条の規定に該当する場合を除いて、文化財の蓄積及びその利用に資するため、発行の日から三十日以内に、最良版の完全なもの一部を国立国会図書館に納入しなければならない。但し、発行者がその出版物を国立国会図書館に寄贈若しくは遺贈したとき、又は館長が特別の事由があると認めたときは、この限りでない。

意外と知られていませんが、これは個人サークルで出版した同人誌も対象となっています

対象となるものは?

国会図書館のQ&Aによれば、

原則として、頒布を目的として相当部数作成されたすべての出版物です。図書、雑誌・新聞だけでなく、CD、DVD、ビデオ、レコード、楽譜、地図なども対象となります。
また、社史・団体史等の自費出版でも、相当の部数を作成し配布されているものは納本の対象となります。ただし、ホチキス止めなど簡易綴じのもの、広く一般に公開することに支障があるものなどは、納本の対象とはなりません。

とされています。同人誌だけでなく、音楽CDやゲームなども対象というわけですね。また、

前二項の規定は、前二項に規定する出版物の再版についてもこれを適用する。ただし、その再版の内容が初版又は前版の内容に比し増減又は変更がなく、かつ、その初版又は前版がこの法律の規定により前に納入されている場合においては、この限りでない。

とされ、内容の変更を伴った再版本も(制度上は)対象となっています。
但し、肉筆本や自宅で製本したコピー本、数部しか刷っていないもの、どう考えても子供が見ちゃいけないものなどは対象から外れるといって良いでしょう。
またその他の目安として、第1回納本制度審議会オンライン資料の収集に関する小委員会において国立国会図書館の扱いでは、便宜的に10ページ未満の小冊子をパンフレットとしている。と述べており、収集の対象外になっているようです。

納本しないと何かあるの?

国立国会図書館法第二十五条の二によると

発行者が正当の理由がなくて前条第一項の規定による出版物の納入をしなかつたときは、その出版物の小売価額(小売価額のないときはこれに相当する金額)の五倍に相当する金額以下の過料に処する。

とされており、この納本制度努力義務ではなく、罰則が定めれた法的義務とされています。とはいえ、今のところこの罰則が適用された事例はなく、国会図書館の広報によれば、

納入対象外である簡易な出版物(カレンダー、手帳、日記帳等)を除くと取次経由の図書のほとんどは納入されています。一方、流通していない自費出版の図書の納入率は約7割です。
雑誌・新聞の納入率は、図書よりも少し低く、CD、ビデオ、DVDといった音楽・映像資料の納入率はさらに低い状況です。

というのが現状のようです。
まあ、漫画の保存も現状十分とは言えない状況らしいですし、そもそも日本には記録を残そうという社会的な機運が弱い(公文書ですら、最近やっとという有様です)ので、ましてや同人誌では理解の遠い話ではありますね。

どうやって納本するの?

国会図書館に直接持って行くか郵送すれば良いそうです。
詳しくはQ&A―企業・団体、個人 | 国立国会図書館-National Diet Libraryを参照のこと。

納本するとどうなるの?

納本された出版物の利用と保存 | 国立国会図書館-National Diet Libraryより

納本された出版物は、当館ホームページ上の『日本全国書誌』やNDL-OPAC国立国会図書館蔵書検索・申込システム)にその書誌データが掲載されます。誰が・いつ・どんな資料を作成したかを誰でも手軽に知ることができるようになります。
書誌データが作成され、閉架式の書庫に収められた出版物は、国政審議に役立てられるとともに、行政・司法各部門の支部図書館を通じて利用されるほか、来館利用サービスや遠隔利用サービスに用いられ、多くの人に利用されます。
また、国際交換用資料として海を渡った出版物は、諸外国の中心的な図書館や研究機関で利用され、国際社会における日本の理解を深めるために非常に重要な役割を果たしています。

また、図書館間貸出制度も適用されますので、申込さえすれば、全国の図書館で納本された同人誌を閲覧することも出来るはずです(貸出は不可)
評論島の気合いの入ったサークルなどは、むしろこういう制度を活用してアピールするのも手かも知れません。

ちなみに、タダで納入しろというわけではなく、申請すれば小売価格(頒価)の5割程度の代償金と送料が貰えるそうです。頒価なんて幾らでもつけ放題じゃない? と考えられなくもありませんが、あんまり阿漕なふっかけをすると詐欺罪に抵触する可能性もありますので、悪い事は考えないように。

許諾を得ていない二次創作物でも良いの?

正直なところ、良いとも言えませんし駄目とも言えません。制度上は納本義務があることは間違いないのですが、著作権法的に問題のある本*1を受け付けてくれるのかどうかは、実際に申請してみないことには分かりません*2。そもそも著者の許諾を得ていない二次創作物が出版されると言うこと自体、この制度が想定していないのです。
また、二次創作が許諾されている東方Projectでの話になると、今度は図書館が同人の流通網に入るのかと言う問題があります。博麗幻想書譜 : 生きてますよによれば、

また、企業ではないサークルさんの二次創作も、同人の流通を越える場所(例えば一般の書店やゲームショップなど)での取扱、宣伝は控えて頂きたいです。

とされており、Amazonは論外としても、図書館もこの規程により二次創作許諾の対象外となる可能性は否定出来ません。
この場合、第二十五条の二に規定した『正当な理由』が成立すると思われるので、納本義務はないと見なすことも出来そうです。

見本誌との関係

そういった背景などもあって、コミックマーケットなどでは、国会図書館納本制度とは別に、見本誌として回收した同人誌を後世に残そうという活動を続けています。
この辺りはCA1672 - マンガ同人誌の保存と利活用に向けて −コミックマーケットの事例から− / 里見直紀,安田かほる,筆谷芳行,市川孝一 | カレントアウェアネス・ポータルが参考になるので、興味のある方はご参照いただければと思います。

以下、同人的な余談

JANを取得するという意味

JAN(Japanese Article Number)というのは「EANコード」というバーコード規格の一つで、図書に限らず多くの市販品に付与されている商品識別コードです。
と、ここまでで判る通り、JANというのは商業物品を商業流通に載せるために必要なものです。個人的に、同人と商業との差は『文化の違い』であると認識していますが、今のところ客観的に区別するひとつの指標としては、流通経路が一般的な見解となっています。
また同人誌即売会としては世界最大規模のコミックマーケットでは、

基本的に法人(会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。東販日販などの流通を通り、コードのある本、つまりコミケットを必要としない販路を持つ物については、参加できません。
C78コミケットマニュアルより)

と規定されており、JANコードの付与された同人誌は商業作品と見なされ、頒布出来ないことになっています
一方で、自主制作漫画誌の即売会である「コミティア」などでは商業作品の頒布も許されている*3など、コミケットだけが基準というわけではありません。
しかしながら、同人誌というのは、これまで『同人誌に理解のある場』でやりとりされてきました。理解があるからこそ通じるお約束・冗談がありますし、そういった文化的な背景の庇護を受けてきたきた面は大きいと思います。
それ以前にこのご時世、果たして30p弱のペラ本を500円で買って貰えるのか? 碌に校閲も編集もしていない自分の作品を、商業作品と同列に並べてレビューされることに耐えられるのか? ということも考える必要があるでしょう。
自分たちが今いる場所は、先人の方々が守り、築き上げてきた文化です。ある意味では、その恩恵を再認識するのに良い機会なのかも知れません。

審査が全くないという意味

審査がない。確かにそれは利点に見えますが、同時に歯止めが全く効かないという危険性を孕んでいます。
つまり、同人に理解のない人でも簡単に眼につく場に出ると言うことは、理解のない人にとっての踏み越えてはいけない一線を越える危険が、今までとは比較にならないくらい高まると言うことです。
今のコミケットでは性の表現に対して、一般の商業誌よりやや厳しい目の基準が取られていると言われていますが、それはコミケットという場を守るためにしているわけです。ついこの前、東京都の青少年健全育成条例の改正で随分騒ぎになりましたが、審査基準もなしに歯止めなく流通するようになれば、こういった動きに対して抗弁する余地を失ってしまうかも知れません。

ちなみに、審査がないというのは登録するのに審査がないだけで、Amazonの規約には、アダルト商品や知的財産・肖像権を侵害する商品を出品する行為は明確に禁止されており、またその基準はAmazonが留保していると明確に規定されています(詳しくはAmazon.co.jpのカテゴリーおよび画像ガイドラインについてを参照のこと)

要するに、何でもOKというわけではないし、むしろ目につくのだからそれまで以上に強い責任が求められていると言えます。

まあ、それ以前に

私は会場で直接私の本を求めてきた人とやりとりするのが好きなので、今のところAmazonの流通は全く興味ないです。完売とか、現地で会えない人向けのフォローは、現行の書店委託で十分だろうと思っています。
とりわけ東方は、委託の意志が有れば比較的受けて貰いやすい、恵まれた環境にありますし、たとえ出店が認められていたとしても、上記のリスク・デメリットに比べて、受けるメリットはほとんどないのではないかと。

逆に図書館の納本は、ちょっと興味があります。自分の本が記録として末永く残るわけですから、なかなか味わえない感慨じゃないでしょうか。

まあそんな感じで、同人の理念が云々は別にしても、個人が今後より一層公的な場での流通を考えるのであれば、こういった義務にももっと真剣に応える努力と責任が求められるのではないか、などととりとめもなく思った次第です。

*1:あくまでも、許諾のない二次創作は『著作者の黙認』によって成り立っていると言うことは絶対に忘れてはいけない観点です。

*2:たとえば、所得税などは盗品売買の差益ですら課税対象としているそうです。

*3:但しオリジナルに限る